「嫌いだったら見なければいいのに…」どうしてわざわざ悪口を言うのか? 心理学者が解説する“アンチ”の意外な心理

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私は「推し」を「その対象をただ受け身的に愛好するだけでは飽き足らず、能動的になにか行動してしまう対象」として定義しています。この「愛好」の部分を「嫌悪」に変えると、それはそのまま「アンチ」の定義として適用できます。つまり、アンチとはある特定の対象を見た時などに「これ、嫌い」と思うだけではなく、自分からその嫌いな対象になにか働きかける行動が見られる状態だといえます。
アンチの情報発信サイトやアンチ・コミュニティがあったら、実にさまざまな情報やコメントのやり取りがなされているはずです。アンチは時として熱心なファンのように、対象の情報を収集し、状況を詳細に分析します。そして、熱意をこめて悪口を言います。

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嫌いだったらわざわざ見なければいいのでは? と思うかもしれません。しかし、好きの逆は、そもそも関心がないという無関心であって、嫌いは「反転」です。対象に働きかける主体の表象はまったく異なりますが、対象へ働きかけるエネルギーの大きさは同じなのです。
ファンのありようにもいろいろなバリエーションがあるかとは思いますが、アンチの人たちのバリエーションはファンのそれよりも多いかもしれません。元はファンだった人がなにかのきっかけで失望してアンチになったり、なにかと目につくので見ているうちに嫌なところが多くてアンチになったり、自分の価値観と異なることが気に入らないのでアンチになったり、立場に見合わない能力なのに偉そうにしているのが癇にさわってアンチになったり、単になにかに悪態をつきたいからアンチになったり、あげればキリがありません。