「……」
「……」
「えーっと」
「はい」
「最初のスペアミス、なんであんなにキツいアングルつけて投げたんすか?」
「普通に投げたら2本とも倒れるからです」
「……」
「……」
「ていうか、あれ、曲げる必要ないっすよね?」
「ないですね」
「じゃあ、なんで曲げたの?」
「2本とも倒れるからです」
「……」
「……」
「だ〜か〜ら〜。あそこは無理にオープンにしなくても良かったんじゃないかなぁ。まだ先は長いんだし。わざとらしいっすよ。の●ちゃんのオープンの後にすぐとか」
「次のフレームでの●ちゃんが7ピン残すかもしれませんよね? で、またオープンかもしれませんよね?」
「……」
「公式戦の打ち合いのストライクと同じですよ。相手についていかないと」
「……」
「まぁそれは冗談ですけど」
「……(冗談なのか)」
「マッチゲームって相手を見ながらやるものだし」
「……」
「もちろん相手と自分の力の差もわかってます」
「……」
「あそこで私たちが普通に打ち続けたら、力の差もあるし、の●ちゃんは『あーもう今日ダメだな』『勝てないな』って。無意識に諦めちゃいます。それが下位プレイヤーの心理だし
「……」
「自分では全力でやってるつもりでも、ちょっとでも心が折れてると実力の半分も出せないんですよね。ボウリングはメンタル・スポーツなんで」
「……」
「逆に私が1マーク差とかでついててもプレッシャーを感じて崩れるかもしれないし」
「……」
「結局はスコアが離れてて、余裕を持って投げさせてあげるのが一番だと思って。不意打ちのオープンとか減れば、こっちも仕事が楽だし」
「……うーん。まぁ色々考えてくれたのはわかるけど…。それにしたって5フレのあれ、もう少し普通に外して欲しかったんだけどなぁ」
「それはちょっと。10ピンだけは中途半端な外し方したくないんですよね」
「……」
「普段の試合でも結果を左右するものだし」
「……」
「投げ方とかラインとか、イメージを固めて体に染み込ませてるんで。それを壊したくないんです」
「……」
「たぶん小●さんもそう思ったんじゃないですか?」
「……」
「別に片ヤオはいいんですよ。番組のために必要なんであれば。でも公式戦に良くない影響っていうか。変な残像を残すようなミスはしたくないんです」
「……(いや…真面目で立派だけど。小●ちゃんとはまた違った意味でプロレスに向いてないわ)」
「あんまり上手にできなくてすみません」
「いや…こっちこそ無理なお願いばっかで、ごめんね(この子も大変だわな。松●さんや姫●さんが負け続けられないぶん、余計に背負わされて。これから小●ちゃんがだいぶ肩代わりしてくれるだろうけど)」
「……じゃあ、私これで…」
「あ、ほら! まぁ今日のことは忘れて。大変だったし飯でも食って帰りますか〜! 奢りますよ」
「ほんとですか? やったー」
「何がいいっすか?」
「すきやばし次郎がいいです」
「……もう…あいてないんじゃないかな…」
「そっかぁ。なら幽玄亭の壺漬けカルビで」

1986年10月9日、両国国技館で行われた「INOKI 闘魂 LIVE」で、前田日明はドン・中矢・ニールセンとの「異種格闘技戦」を、逆片エビ固めでギブアップさせ勝利。この試合を期に「新格闘王」と呼ばれ、プロレス界以外からも注目を浴びるようになった。
この試合について、後年、ニールセンは
「ここはこうやって、その次はこう、と流れを決めたわけではなかった。でも、ボクが言われたのは“試合を盛り上げてくれ”ということ。そして、1Rにいいパンチが入ったのに、セコンドに“アーリーノックアウトはダメだ”って言われた」
と、プロレス雑誌『kamipro』で証言した。