おれがLinux初めてインストールしたのは1993年の夏だな。
CD-ROM付きの本が出たんだよ。楽しいLinuxかな。二冊出た。
プロバイダが出来始めたのは1995年くらいからだね。
その年の12月にリーナスが来日した。
神田のなんとかって店で歓迎会が行われて、おれも行ったよ。
かれがTシャツにサインするのなんかを横で手伝ってた。
来たのは見事に男性ばかり50人くらいだったな。IBMとか理科大の人もいたな。
天才リーナスはとくに異常という点はなかった。
奥さんがぶさいくだった。hard rock cafeという白いトレーナーを
お揃いで着ていた。ださださ。

アジアを回ってきたらしく、シンガポールの人は英語を話すが、
日本人はほとんど話さないのが意外と言っていた。
リーナスにドイツ語は話すかときいたら、話さないと言われた。
しかし、彼はフィンランドのスウェーデン系なので、家では
ドイツ語に近いスウェーデン語のはず。
講演のときに、Linuxでアプリ一個一個を日本語化するのは面倒なので、
一括して言語を切り替えられないかと言ったら、リーナスにそれはカーネルの
問題ではないと言われた。彼にとってLinuxとはカーネルだけのことらしい。
私の言った風にMac OSXではなった。Linux OSもいまでは大体そうだ。
リーナスはのちに自伝を書いたが、来日したことは一行も触れられてなかくてがっかり。
あんまり楽しくなかったのかもしれない。