>>821
>確かにこの理屈だと、起点宇宙が銀河や太陽を無限数内包するからその大きさは一次多元の○○分の1とするドラゴンボールやSelf-Reference ENGINEもダメになるのか。
>俺としてはそれは別に大丈夫とは思うけど色々複雑な話になってきたね。
無限個内包に関しては、宇宙未満の世界であっても無数にあれば多元規模になるルールがあるので、そっち由来で(ルールのあり方の是非は置いておいて)参照してるルールが違うはず
広さ無限と無限個内包のどっちのルールを参照するかと考えた場合、比較対象があるってだけであくまで広さ、大きさが無限と言われてるなら広さ無限の方のルールを当てはめるのが自然と個人的には思う(慣習に引っ張られてるとこもあるかもだけど)
無論原文のニュアンス次第の部分もあるからケースバイケースではある

原文見ると出現宇宙が「せいいっぱい振る舞」わないと無限の無限倍にならないっぽいから作中で「せいいっぱい振る舞」ったのかどうかで世界観変わりそうにも見える
まあそこは未出現宇宙の大きさが出現宇宙が「せいいっぱい振る舞」って無限の無限倍になったものより大きいという話なので大した問題ではないんだろうけど

とりあえず「見られるものと見るものを僅かずつずらしてゆく単純な相互作用によってこれまた思いもよらぬ無限の無限倍くらいになってしまう」というのは行動による世界の分岐みたいなものと捉えてるので、大海とコルクという大きさの比較の例えがこの「無限の無限倍」になる相互作用の話と全く関連があるようには見えないかな