1899年の「大韓地誌」を、1906年に鬱陵島を含むよう改定したことによって、竹島を領有していなかったことは明らかである。
1951年のサンフランシスコ平和条約(竹島は未放棄)によって、戦後の領土は確定した。

朝鮮は、1952年の李承晩ラインによって、竹島をネコババした。

1965年の日韓請求権協定の第二条の1に「サンフランシスコ平和条約第4条(a)に規定されたもの(竹島未放棄)を含めて、完全かつ最終的に解決された」と定められている。

朝鮮人は、ネコババした竹島をさっさと返せ。
ネコババ野郎。