公的に支那の語を使用しないことは敗戦後、
外務省次官通達によって決定されたが、この通達文のなかに
「理屈は抜きにして」という部分が含まれているのは一部で有名な話である。
当時、日本は連合国軍の占領下にあり、
この通達の背景には戦勝国として連合国の一部であった中華民国の意思があった。
この通達が広く適用された結果、公文書や放送・出版のみならず、
支那そばと支那竹と言った食品まで呼び換えが進められた(現在は「ラーメン」「メンマ」と呼ばれている)。