>>764
すまん昨晩は酔ってて屁理屈こねてしまった
>>763
つまりはシステムのモジュール化の粒度が適切だと感じる大きさで見通しが良かったのに、systemd一つの大きなモジュールによって構成されたことで見通しが悪化、カスタマイズや問題解析が難しくなったということなのかな
しかしなんとなくの印象だがRedHatの思想とは反してなさそうだからこのままsystemdはCentOSでも採用されつづけるんじゃないだろうか、そもそも自由度を重んじたディストリビューションでもないだろうし
あと採用するディストリビューションが増えてるってことは、置き換えたモジュール群よりsystemdの方がうまくやれるからって思うというディストリビューション開発者が多いってことだと思うんだけど、この想像は間違ってる?
本当は採用したくないけれどもsystemdに依存するものが増えすぎてきてsystemdを採用せざるを得なくなってきた、ということ?