知恵遅れのみなさん、お久しぶり。

>>811
PC-9801シリーズが滅んだ理由か。
良い質問だ。

IBMはBIOSの中身を公開して、サードパーティ製品(互換部品)を供給する企業の参入を促した。
自社のパソコンを広める目的であったが、完全なるコピー製品の出現をゆるしてしまった。これがPC/AT互換機(当時はDOS/Vと呼ばれることの方が多かった。)

他方、日本ではNECが頭を痛めていた。
当時のパソコンの性能では、漢字の表示に時間がかかり過ぎたのである。
さらに、日本人はバグをゆるさない。いかなる日本製品にであれ欠陥の存在はゆるさない国民性があった。

解決策としてNECは漢字ROMという独自の部品を自社製品に組み込み、漢字の表示をハードウェアから高速化させることに成功。
さらに、読み書きしたらコピーミスが無いかを直ちにチェックするSCSI(スカジー)という高級な結線方式を標準とし、エラーの出現率を徹底的に下げる作戦に出た。
当然に価格は上昇したが、当時の日本はバブル期にあたり、価格の高騰はまったく問題にならなかったのである。

【バブルの終焉】
しかし、1989年12月のNTT株の大暴落に象徴されるように、日本の景気後退は少しずつ始まっていた。
1992年、一般にバブル崩壊の年とされるこの年の春には、NECはCD-ROMを標準装備するなどマルチメディア機能を強化したPC-9821シリーズを発表し、さらにMS-DOS5.0AとWindows3.0の標準配布を開始した。
さらに「バザールでござーる」というCMを繰り出してパソコン価格の割安感を出す戦略を強化していった。翌年にWindows3.1が発表されると爆発的にヒットしたのである。

つづく